素描 : 「9.27」


朝から雨。わりと激しめの雨。ここのところ、下痢腹みたいな天気が続いていて、残念に思う。そのせいで、一気に気温も下がってしまった。
ぼくは日本人の一般男性平均よりかなり痩せているので、寒いのは苦手だ。
今年の猛暑はさすがにきつかったが、それでも、寒いよりは遥かにマシだ。
寒さは、頭をクリアにし、冴えを増してもくれるが、躰には、本当にこたえる。



数日前の更新で検討していたノートブックは、無事にヤフオクで落札に成功した。
光学ドライブも同じくヤフオクで手にいれる。InDesign CS5のアップグレード版はAmazonで。
いずれも、明日あさってまでに揃うだろう。
厳密な出納感覚からすれば今のぼくには新しいノートブックも新しいInDesignも絶対に必要とまでは言えず、贅沢な買い物ではある。
が、いずれ替えなければいけないなら、ある程度まとまった貯金がある、今のうちの方が良い。



7年半ほどお世話になっている美容師のMさんが10月から4月まで産休に入ってしまうので、明日(火曜日)は表参道まで髪を切りに行こうと思う。
前に切ったのは8月の後半、ゴンサロ・ルバルカバをコットン・クラブに観に行った日だったのでまだ一ヶ月くらいしか経っていないが、ぼくは髪が伸びるのが早いこともあるし、春まではMさんに切ってもらえなくなるから、本格的な秋が目前だというのにまた思いっきり短くしよう。



これを書いていたとき(27日の深夜)、いつの間にか意識が飛んでいる。
背後から鈍器で殴りつけられたような姿勢で、デスクに突っ伏している。
去年まで、週六日、フルタイムでバイトをしていたときは、疲れていて、よくこういう状態になったものだった。
ちょっとした日常雑記でさえ考えが整理できずに、まともな行文にならないのだ。そのとき、時間が必要だ、と痛感したことを覚えている。存在を排除されない程度に社会に、群体にまざりながら、自分のための時間、それも「無駄な」時間を最大限に獲得することが必要だと。



とても幸運なことに、今はその時間を得ることに成功している。本当に貴重な時間だ。可能な限りそれは維持し続けられなければいけない。
その貴重な時間を消費する毎日で、ブコウスキーの亡霊がずっと囁いている。以前から聞こえてはいたけれど、フルタイムのバイトを朝だけに減らして以降、その声は、ずっとずっと大きくなって、ぼくの、制作へのスタンスそのものとなって来てさえいる。

【完璧な時間を手に入れるためには、不十分な時間を過ごさなければならない。二時間を活かすために、十時間は潰さなければならないのだ。用心しなければならないのは、すべての時間を潰してはだめだと言うことだ。すべての歳月を。「死をポケットにいれて」】



曲解した自己正当化に繋がりかねない危険な言葉だけれど、今のぼくには圧倒的なリアリティを持っている。意識さえすれば直ちに【完璧な時間】を獲得できるという人間は、ぼくには理解できない超人のように思える。
きっと、そういう表現者は、キューバからアメリカへと亡命したゲイの作家、レイナルド・アレナスが描出するところのカルロス・フエンテスみたいな「作家」に違いない。

【ある夜、運命の悪戯で、アメリカの権威ある大学の学長の邸宅にいた。
その夜、世界的名声を得ている作家が数多く寄り集まっていた。ぼくをもっとも震えあがらせた人物の一人がカルロス・フエンテスだった。
作家ではなくコンピューターみたいだった。どんな質問や問題を持ち出されても的確な、そして明解そうな答えをした。ボタンを押しさえすればよかったのだ。
……カルロス・フエンテスは完璧な英語で自分の考えを語っていた。
疑問といったものを、抽象的な疑問すらまったく抱かない人間のようだった。ぼくが考えている本当の作家像とは対極にあった。エレガントに装ったその人は百科事典だった。たぶんもう少し厚いだろうが。*1


肝心なのは、用心しなければならないのは、
すべての時間を潰してはだめだと言うことだ、すべての歳月を。
それが、一番大事なことだ。

*1:レイナルド・アレナス「夜になるまえに」国書刊行会 1997年