Oval、来日(1/2)




10月15日深夜から16日朝にかけて、異能のドイツ人音楽家、Ovalことマーカス・ポップの来日公演「Oval Japan 2010」を観るため、代官山UNITに出かける。


2010.10.15 FRI oval Japan 2010
http://www.unit-tokyo.com/schedule/2010/10/15/101015_oval.php


ぼくはこれまでヘヴィメタルやごく一部のアフリカン・ブラック・ミュージック、そしてキューバ音楽ばかりに偏って音楽を聴いてきたから、電子音響やエレクトロ・ミュージック全般に関してはズブの素人だけれど、一部のアンビエントやミニマルまでも含む広義のノイズ・ミュージック、そしてOvalをはじめとしたグリッチ・ミュージックには強く惹かれるのものがあった(と言って詳しいわけではまったくないが)。

テクノロジーの力で「演奏」「音」「リズム」「素材」としてバラバラに分解し、本来は「楽音」ではなかった「雑音=ノイズ」までを取り込んで再構築される(「テクノロジーの意図的な誤用intensional misuse of technology」)音楽表現は、奇妙でイビツな、抽象的な美しさを持っており、構成要素のディティールに、そのテクスチュアへと注がれる極度の偏愛に、ぼくは(誤解に近い思い込みの)興味を覚えている。
突っ込んだ作品では一般的な意味でのメロディもハーモニーもビートも存在せず、ただただ茫漠とした轟音の渦の中に、しかし、なぜかわずかにイメージのようなものが浮かび上がってくる。それはどこかしら、現実の映像に断層や裂け目を生じさせ、崩壊の淵から新たなる虚像を創り上げるゲルハルト・リヒター抽象絵画とも似ているように感じられるのだった。




この日は、自宅で夕食をすませてから、23時すぎに渋谷へ着く。
歩道橋がある東急の出口から降りて、代官山まで歩く。
週末だったから、多くの人が酩酊しながら渋谷発の電車を求めて、駅に向かっている。そのうちのある者は意味不明な咆哮をあげ、ある者は路上に嘔吐している。宴の終わりの狂乱があちこちで繰り広げられている。
ぼくはその流れをかきわけ、逆方向に歩く。
UNITに到着しても開場まで少し時間があったから、近くのオープンテラスのバー&カフェでハイネケンを飲みながらノートブックを開き、書きかけの作品に関するメモに加筆する。
渋谷駅前とは違い、気どった身なりの酔っぱらいで周囲は騒がしく、思考はまとまらない。

0時の開場が近づいたのでUNITの入り口に向かうと、もう入場待ちの列が出来ている。
終電が近い時間帯なのに、周囲はこれからはじまるイベントのためにぞろぞろ集まってきた人間たちで活気づいていて、不思議な雰囲気だ。

当然、音響マニアみたいな男が多いが、意外なことに、それなりに女の子たちもいる。
見ると、あの屈折した性的記号である「サブカル女子」と乱暴にカテゴライズされる範疇に収まる層ばかりが来ているようだった。いかにもクラバーっぽいギャルは、ほとんど確認できなかった(そうした存在自体が、もはや幻想の産物なのだろうか?)


あーすいませんあー列は二列で並んでいただけますかあ。


列の整理にうろつく若い男性スタッフの口調が投げやりで、ひどく粗雑だった。並んでいる人間はだいたい視線を携帯に落としている。全員がスマートフォンを、というかiPhoneを使っている(ような錯覚に陥る)。親指を動かしカチカチと音をさせ、ガラケーをパコパコと開け閉めをするぼくは疎外されている、、、ような気になった。

入り口ではIDチェックと称して、身分証の提示を求めている。
形式的で適当なものではなく、一人ひとり、きちんと確認しているようだ。
事前の告知で知ってはいたが、クラブでのイベントに行くこと自体がとんでもなく久しぶりなので、戸惑いを覚える。
こうした有名なハコでは、今も昔もこれが一般的なのだろうか?
車の運転に関する偏執的な恐怖から免許証を持てないぼくは、大げさにもパスポートを提示して入場する。
地上と地下の入口に、いきなり国境が発生する。
確認しているスタッフは、少し「なんだコイツ」という不審さの感情を顔に浮かべていた(ような気がした)

2



B1に降りてタイムテーブルを確認すると、Ovalの登場はAM3:15分と書いてある。
当然そうだろうと、分かってはいたのだけど、先の長さに早くもうんざりしてしまう。
フロアに降りてみたが、既に暴力的なボリュームで自慰的なリミックスが響き渡り、やたらブーストされた低音が耳に痛い。陰気な顔をした数人の男女が、ぽつぽつと床に座り込んで、放心したふうに音楽を聴いている。
ぼくはとてもつっ立って音に身を任せる気にならなかった。
前座としてAmetsubがDJとして出てくる1:45分までは、カフェ/ラウンジのUniceに避難し、さきほどの作品メモを続けることにした。

Uniceは昼間のように明るい照明のセッティングで、ひろびろと余裕のある席配置のうえ、BGMも非常に爽やかで軽い。
あれ、いま何時だ?そんな風に、時間の間隔に戸惑いを覚えるほどだ。
良い気分になるまで酔ってしまったら、途中で睡魔にまる齧りされるに決まっていたし、しかもこのイベントが終わったあとは寝ないで朝のアルバイトに行かなきゃいけないということも考えて、酒ではなく、レッドブルを頼む。
レッドブルって、あのレッドブル?と思っていると、本当に、細長い缶のアレと、氷の入ったグラスが出てくる。
確か、600円だっただろうか。600円…と思いながら、ちびちびと缶から小便色の液体をコップにそそぎ、ちびちびと飲む。



時間になり、ロッカーにノートブックを放り込んで改めてフロアまで降りると、凄まじい客数で入り口がふさがっている。喧騒で、ごった返している。まったく予想外の多さ。たじろぐ。
そんなにOvalって人気あるのかよ…?そう思いながら強引に人波をかきわけ、なんとかステージ近くまで移動する。
繰り返すが、ぼくは殆どクラブになんか行くことがないのだけど、オールナイトのエレクトロニカ系イベントでこれほど集客するという状態には驚いてしまう。
あまりに人が密集していたため、こりゃ火事があったら絶対に死ぬなと、密かに焦っていた。ブースではもうAmetsubがDJを始めていて、残響が大きい、メロウなビートが鳴っている。




ライブでは初めて聴くが、アルバムで見せたような、フィールド・レコーディングもコラージュした表情の多彩さ、構成の複雑さ、緻密さは感じられない。わりとフツーな、メロディアスなテクノのようだった。
最初はまったく身体に入ってこなかったが、最後の方はかれが作ろうとした音の空間が少し気持良くなってきていた。


でも、それが高ぶりきる前に、ステージには渋谷慶一郎が表れている。


時刻はAm2:15分になっている。


(続く)