素描:大晦日から、正月

  • 2011年が始まった。そして早くも正月が終わった。
  • ひとまずは、このblogを訪れて頂いた読者諸兄に、本年のご多幸あらんことを。
  • 晦日は結局友人が四人ぼくの家に集まり、地下で五人、ちまちまと酒を飲みながら、いつ日付が変わったかも分からないうちに(意識朦朧としていたので)年を越した。
  • この年越しの宴は、2004年の大晦日にはじまった。
  • 最初は、PRIDEの「男祭り」を大人数で見よう、という趣旨だったのだ。
  • 当時はミルコ(このときは国会議員でもあった)が小泉首相に面会してアッパーを入れてみたり、小川が自民党幹事長だった安倍晋三とハッスルポーズで絡んだりして、世間的にはPRIDEの知名度が頂点に達した時期だった。ぼくはヒョードルのファンだったので、大晦日の興味はノゲイラとの第三戦に集中していた。あんなに興奮してゴングを待ったMMAの試合は、以後も以前も、無い。翌年の、ヒョードルのキャリアが一つの頂点に達したミルコ戦よりもずっと緊張し、わくわくしていた。
  • 比べると、2010年のDynamite!! 〜勇気のチカラ2010〜」は悲惨だった。
  • ここ数年、格闘技業界は全体的に退潮の傾向があまりに明らかで、一年の締めくくりであるこの興行もクオリティが落ち続けていたが、それにしても今年の大晦日は(少なくともテレビ放送された試合に限っては)際立ってひどいしろものになっていた。意外な結果が一部Webで炎上している青木と自演乙の試合はルールからして単なるゲテモノの、まったく下らないミスマッチでしかなく、その他の組み合わせも、全てが悪い方向に行ったとかしか表現できない退屈な凡戦ばかりだった。
  • 「これだけ試合に集中できないのって、はじめてなんだけど」この集まりに毎年参加している後輩は、呆れたように笑っていた。
  • つまらない、と言えば、男たちが液晶画面のなかで殴り合いを始める21時までは紅白を観ていたのだが、これはこれで21世紀最初の10年が終わった時代にそぐわないと言うか、まるで別の惑星の出来事のように奇妙だった。
  • とにかく次から次にミュージシャンが出てくるが、男女が別に分かれていたり、交互に歌ったりすることが非常に不自然に感じられたし、まったく関連性の無いジャンルが一緒くたになっていることにも、激しい違和感を覚えた。
  • 極端に丈の短い衣装を着て、性的な暗喩を露骨に感じさせながら北朝鮮マスゲームのごとく整然と踊る数十人のアイドルが出たかと思えば、着ぐるみを複数使った、えらくシュールな幼児むけの曲があり、直後には、既に何十回とこの番組で披露されている、ドメスティックな旋律を使った西欧ふうのポップスが、毎年すこしずつ衰えゆく老人の歌手たちによって披露される。
  • 日本人だからぼくだって免疫はあるが、冷静に観れば、これはキッチュをぶっちぎった、底の抜けた世界だろう。酷烈で、しかしカラフルな悪夢。
  • そういえば、当世の人気哲学者である中島義道の講演録に、こんな記述があったものだ。

「わたしがウィーンに留学していたころ、日本文化の紹介だって、体育館で紅白歌合戦のビデオを流すことがあったんです。集まってきた人たちがそれを見たとたん、ゲラゲラ笑ってるんですね。もう、涙流しながら笑ってる」

  • 中島は憤慨しながらこう語っていて、その憤りは正当だが、同時に、ぼくにはウィーンの人々の反応もごく当然のことだと思える。
  • あれを西欧人が笑わずに見るのは(JEROのような例外をのぞけば)極めて難しいだろう。というか、無理だろう。
  • なにしろ、ぼくらだって発作のように顔の筋肉を痙攣させながらEXILEAKB48のパフォーマンスを観ていたのだ。
  • もう、音楽番組を観ているのではなく、ドロドロに煮詰まってヘンなにおいを発し始めている日本の大衆文化そのものを「目撃」している気分だった。
  • でも、狂っている、という意味では、AKB48はとても楽しめた。




  • 2011年になって数時間が経ち、各局とも初日の出を出迎えるための番組が始まる時刻になったころ、画家である友人のフカワさんが、酩酊しながら、画面に向かって叫んだ。


「オイッ、もっと頭(こうべ)を垂れろ!こうべを垂れるんだよ!」

  • 眠気でいささか朦朧としていたぼくが「こうべ?神戸?頭?首部?河辺?KOBE?」そう聞き直すと、


「公共放送だぞ!新年なんだから、もっと頭((こうべ)を垂れろ!」

  • どうやら、画面のむこうで「あけましておめでとうございます」云々言ってる女子アナの態度が、気にくわないらしい。
  • フカワさんはたしか41か42歳になる、自他共に認める右翼の変人で、女子アナを酷く嫌悪していたが、何度聞いても、理由はよくわからない。フカワさんは、気合の入ったアル中予備軍だった。そのまま二言三言つぶやいた後、ソファにぶっ倒れて、寝てしまった。
  • 「こうべを垂れろ!」は、どういうわけかフカワさん以外の全員のツボに入り、しばしの大爆笑を誘った。
  • 「頭を下げろ」、と言ってしまったら、まったく面白くない。


「こうべを垂れろ!」

  • 酔っ払った代議士が国会で叫んでしまったり、ショボくれた管理職のリーマン親父が新年会でわめき散らしていたら、とても痛々しくて、ステキだ。
  • 「こうべを垂れろ!」
  • 2011年は、きっとこれが日本のキーワードになるんじゃないだろうか(棒読み)
  • 嗚呼、わけのわからないオチになったが、皆さん、今年もよろしくお願いいたします。